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平和について考える月

社長のブログに書かれています。

私も、少し書いてみます。
戦争に勝った国は、常に「世界平和のために。」という。
間違った方向へ進むのを食い止め、正しい道へと戻すために戦った、と敗戦国は言える機会を伺う。
争った双方が“後の世のため”に戦い、多くの人が命を落とした。これが戦争。どううまく取り繕っても権力者の“覇権争い”でしかない。戦争とはとても恐ろしく、「兵士は殺しても、殺されてもかまわない。」正気の沙汰ではない。この狂気、それでも支えていたのは、“後の世の人のため”であったと思う、というか、そう考えなければいけないと思います。

後の世の人とは、私も含めいま日本で、世界で生きている人。

誰かの犠牲の上に成り立っている、これが世の中です。私たちが絶対に忘れてはいけないこと。平和について考える、とはそういうことだと思っています。

歴史は検証できない。事実は勝者により都合よく書き換えられるからです。時の権力者に、陰に追いやられた人、勝者が葬った悪事、いくつもあるでしょう。

だから、私たちは今、共存すべき誰かを故意に犠牲にして生きることは許されない筈です。でも、誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりすることが日常です。傷つけないように、傷つかないようにというのはほぼ不可能です。

平和について考える、それは、今の世はこれまでの多くの犠牲にの上に成り立っている、例えば、戦争で戦い、命を落とされた方は、きっと、後の世の人(もっと言えば家族)が幸せになるようにと、それだけを願い、文字通り命を懸けたのだと思います。だから、せめて私たちは幸せにならなければならない、それは豊かになる、と同義ではないということだと思います。誰かを傷つけて幸せになれない、傷つけたら、作用反作用的に傷つかないといけない。それを再認識することだと思います。一方で、そう思うには、世の中が少し豊かになりすぎた気がします。

高校生の皆さん、大人になる過程で後の世にどんなものを残したいですか?偉そうに言う私は、後世に残せるものなんてないかもしれません。しかし、生まれてからずっと、おなか一杯に食事をしたことがない子どもを何とかしたい、とは思っています。

皆さんが今、取り組んでいるのは当に学力という“力”を身に着けることです。その過程で間違えないように、そして得た力を間違って使わないようにしてほしいと思います。今は力をつけるときです。権力、財力、世の中には“力”とつくものがたくさんあります。力を畏れる、ということを学んでください。                    【い】

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