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高校3年生へ


こんばんは。

センター試験間近の、高校三年生へ

山梨県都留市より
メッセージを送らせていただきます。


私は普段、小中学生のみを見ているので
センター試験というのは、
”近い将来に、皆の力を発揮する大切な場所”と
位置づけしているわけですが

あるブログを見て、高3に、エールを、すずめの涙ほどでも勇気を、アドバイスを与えることができたらと思い
夜な夜な綴り始めたわけであります。


今から話す内容は、私個人の過去についての記憶と、その教訓、持論です。


私は、高校三年間を、勉強に捧げた身です。
部活もせず、授業が終われば直帰、もしくは塾直行の毎日でした。
スマホもゲームも無し。
例外があるとすれば、セブンでジャンプを読んだり、オオハラ(文房具屋)でシャーペンやら付箋やらを見たり買ったり、だけ。笑 (寂しいように自分にも聞こえますが、息抜きだった、それは事実)

普通科の友達、他校の友達よりも、早く登校し、昼休みも教科書を広げ、他クラスよりも遅く下校しました。
休日も、沢山の宿題や予習復習に精を出していました。


それが、楽しかったか、楽しくなかったかと聞かれ、前者だと答えれば嘘になります。私の場合は、です。

それが、私にとって、健全な時間だったのか否か、豊かな時間だったのか否か、を語るには、活字では伝えづらく長くなるので置いておくとして

それは、紛れもなく、自分が選んだ道であり、
それととことん向き合った三年間でした。


勉強ができることが偉いとは1ミリも思いませんし
勉強に高校三年間を捧げることがすごいわけでもありません


自分が選び、進んだ環境の中で
それと向き合えるか。




あなたがもし、高校三年間の中で
怠惰に過ごした時間があるとしましょう。


その度に罪悪感を抱き、後ろめたかった。
それがなければと、あなたは、過去の自分を恨んだかもしれません。

しかし、畏れ多くも進言させていただきますが
あなただけではありません
三年間を勉強に捧げた、なんて言いましたが
まぎれもない、私もそうでした。

世の中の、みんなよりも年上の98%(根拠なし)の大人がやはり、分野は違えど、それを経験し、みんなと同じように悔いたでしょう

あのサボった時間を、あの無意味な時間を
やり直したい と

わかりますよ、本当に。

しかし、それはあまりに、その時間に失礼ってもんです
それはイコール自分の人生を否定することと同等。

あなたが選んだ時間の過ごし方で
それを否定するなんて。



いいですか。

その”失敗”は、無駄ではないと
100%言い切りましょう。

無駄な時間など無いのです。
(聞き飽きたセリフかもしれませんが、、)



その後悔は、あなた自身を省みる時間を、与えてくれたのではないですか?

ずるいあなたも、謙虚なあなたも、無力なあなたも、裸にして、見つめる時間を作ってくれたのではないですか?

あるいは、誰かを尊敬したり、自分の目標を改めて考え直したり、なかなかできなかった誰かへの感謝を感じたり、する時間をくれたのではないですか?




自分の過ごした時間を、無下にしてはいけない。

自分の過ごした時間には全て、自分自身に、価値を与えるべきです。

それが、インスタでみんなに自慢したいような時間でも、記憶から追い出したい時間でも、です。



失敗が、あなたのマイナスだと、誰が言いました?



失敗の繰り返しが、正解を導くのです。

誰もが知るあらゆる過去の偉大な功績が、
一朝一夕の、
いきなり成功ー!!で
叶えられ、生まれてきたものだと思います?


失敗は、本来、恐れる必要のないもの。

愛すべきものなのです。


もし、あなたが、授業中
漢字を読み間違えて、
誰かに馬鹿にされた過去があるなら
私はその馬鹿にした人に聞くでしょう

失敗の価値を知らないのか?と



失敗がなければ、成功の歓びもない。

失敗がなければ、導き出されなかった答えは、山のように存在するでしょう。





受験生に対し、こんなに、失敗失敗と繰り返し、失敗を肯定するような考えを並べるのは、いささか道徳的ではないかもしれませんが

私はむしろ
「かわいい」
とか
「幸せ」
とか
その言葉が醸し出す、ピンクや黄色のオーラよりも

失敗 には
それ以上に麗しいオーラを想像するに値する力があると思います



失敗?後悔?

その気持ちを、
自らを奮い立たる鞭にすればいいさ


そう考える勇気なら、みんな持ち合わせているはず

何年日本人してるの?




今のは少々雑でしたね。



子供も、そして大人も
日々、歓び、日々、悔いています。

もちろん、誰もが、前々から後悔することを目指し、過ごしているわけではありません。


しかし、
そこから、学ぶ、勇気を持ってください


その悔しさと不安を、今から駆け出すバネにしてください。





私はね、ここだけの話、恥ずかしい話、

センター試験の前夜、それも深夜に、
寝られなくて、
しまいには泣きました。

怖くて怖くて仕方なかったのです。


この三年間が、勉強に費やした時間が、無下なものになるか否かが明日決まるのだと思うと、信じられないくらい苦しかったのです。

試されるのが怖かった。

試されて
ケッ、そんなレベルかよ
と、初対面の知らない相手に蹴落とされるのが怖かった。


だから、
「大丈夫だ」
「頑張ったじゃないか」

と、苦しがる自分を懸命に抑えようとしました。
自分なりの努力の物差しを信じて。

でも、涙は止まらないのです。



でもね、その時、思い出したんです。
ある言葉を。



『もし、不安になったときには

「大丈夫だ」と、
その恐怖を打ち消そうとするのではなく

「怖い」
「不安だ」と
素直に、
その気持ちを受け入れなさい』





試験開始、多分五分前、

記念受験の人もいれば

命を賭けるような気持ちで来ている知らない人たちがいる中、

私は、書くものを構えながら
時計を見つめながら

その、担任の先生の言葉を、ふと思い出し

その通り、恐怖を受け入れ、

何分間か忘れましたが
恐怖に苛まれました。


しかし、始め の声の何十秒か前に

気持ちはスッキリしたのです。



想像できますか?


今の今まで
胸がグルグルグルグルと唸るように
そして何かをえぐるように
私の勇気を、いじめ続けたそれは

受け入れたら、なんと、

ピタッと大人しくなり

落ち着きを与えてくれたのです。






どんな気持ちも、

抑えようとするには無理があります。

本能がNOと言っているのなら。



だったら、

どんな気持ちでも

自分が勝手に見定めた
”マイナス、プラス”は、関係なく

受け入れたほうがいい

いや、受け入れてあげなよ。です。






センター試験の朝は

思ったよりも寒いですよ。

コートとマフラーと手袋、持っていきましょうね。

あればホッカイロも。



書くものや消しゴムは、きちんと準備しておこう。

花粉症なら、ポケットティッシュを持って行こう、

試験官に申し出れば、テスト中も鼻をかめるから、大丈夫。


時計は、信用できるものを持っていきましょうね。


どうしても解けない問題があったら、後ろがつっかえているから、後の問題をやった後で、戻ればいいのよ。




私に言えるのは、このくらい。



あ、あと
前日だって
怖いなら怖いと泣いたほうが楽になりますよ。

あとは
のび太みたいに5秒で寝られる術を身に付けるには、きっとジャイアンからの日々の嫌がらせと言う名の鬱陶しい愛情が必要さ。

それは、今すぐ手に入らないから
その時の自分の気持ちに素直でいればいいのさ。




怖がるな、なんて言わないし

言ったところで、それがあるなら変わらない。





大いに、怖がってらっしゃいな。



そして

大いに、夢中になりなさい。


目の前の問題に。




きっと、今までのどのテストよりも

目を見開いて解くかもしれませんね。


そんな時間も、なかなか味わえるものではありませんよ。





そして、明日は続くのです。







可能性は

常にあなたの目の前に無数に浮遊し

あなたが手に掴むのを待っています。


どんな時も。

文理学院オフィシャルホームページ

Comments:1

としき URL 2018-01-08 (月) 17:06

長いっす。

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