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2019年02月26日

2月テスト結果続報!

 こんにちは、田子浦校の平田です。

 2月テスト結果、元吉原中1年生の結果が出て来ました。
今回も1位・2位・3位独占!
中1生活を有終の美で飾ってくれました。この調子で中2になっても突っ走ろう!

 観応3(1352)年2月26日、室町幕府最大の内乱といわれた「観応の擾乱(じょうらん)」が終わりました。決着が着きかけていた南北朝の動乱が再び燃え広がり、戦国時代に向けての土台となってしまったのは、この観応の擾乱のせいだと言われています。その実態は何かというと、実は「兄弟げんか」でした。

 室町幕府を開いたのは足利尊氏でした。彼は気前が良く、人を引き寄せる魅力を持った人物でした。尊氏を支えていた人物が二人。一人は弟の直義(ただよし)です。直義は非常に頭が良く、政治家として兄を支えていました。

 もう一人が尊氏の執事・高師直(こうのもろなお)です。彼は戦争の指揮官としての能力が抜群でした。政治の直義と戦争の師直を尊氏の人望がまとめることによって室町幕府が成り立っていたのです。

 しかしこの直義と師直、非常に仲が悪かったのです。優等生タイプの直義とガキ大将タイプの師直はまさに水と油。尊氏が息子・義詮(よしあきら)に政治を任せたいと考えて、師直を支持していることから身の危険を感じた直義は、何と敵だったはずの南朝に降伏してしまうのです。直義が味方になったことにより、壊滅状態だった南朝は再び息を吹き返したのです。

 この「観応の擾乱」は直義が師直を暗殺し、尊氏が直義を暗殺することで終わりました。直義が師直を暗殺したのは観応2(1351)年2月26日、尊氏が直義を暗殺したのは観応3(1352)年2月26日でした。何か因縁を感じさせますね。

 ちなみにこれが直義の肖像画。
20190226a.jpg

 これが師直の肖像画です。
20190226b.jpg

 あれっ?と思う人もいるかもしれませんね。それぞれ長い間別の人物の肖像画とされていました。誰だったかわかりますか?

田子浦校 平田

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