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2018年09月11日

地震の話

 こんにちは、田子浦校の平田です。北海道の地震から1週間が経ちました。北海道の方々は今尚不自由な生活をされていて、心が痛みます。東海地震が起こると言われている静岡県としては人ごとではありません。日頃から災害に向けての心構えは持っていたいですね。
 ただ、私が小学生の頃から起こる起こると言われていますが、未だに起きていません。起きないに越したことはないのですが、来る来ると言われて来ないのも、ずっと恐怖が続いて嫌なものですね。

 という訳で、今回は地震にまつわるお話です。
 嘉永7(1854)年11月4日午前9時15分、東海道沖を震源とする地震が発生しました。最大震度は静岡県相良町と袋井市で震度7、地震の規模を示すマグニチュードは8.6でした。今回の北海道の地震より大きく、東日本大震災より少し小さいくらいですね。これが「安政東海地震」と呼ばれるものです。
 しかし、それから32時間後の11月5日午後4時30分、和歌山県沖を震源とする最大震度7、M8.7の地震が発生しました。「安政南海地震」です。余震ではなく、離れた場所で発生したというのが恐いですね。この二日連続の地震と前年の「黒船来航」という大事件が連続したことで、元号が「嘉永」から「安政」に改められました。
 ところが、翌安政2(1855)年10月2日午後10時、江戸を震源とする震度6、M7.4の地震が発生したのです。前の地震からまだ1年経っていませんでした。この三つを合わせて「安政三大地震」と呼びますが、前の二つが発生した時点では、元号はまだ「嘉永」だったんですね。

 当時の人々から見れば、「この世の終わり」と思えたことでしょう。このことが新しい世の中を求める動きとなり、江戸幕府を倒そうという動きにつながって行ったのです。

田子浦校 平田

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