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2012年02月04日

リスニングⅢ

 こんにちは。大西先生です。前回の続きを書いていきます。

①三大前提

⑴‘聴く時間’を‘作ることと増やすこと’(前回ブログ参照)

⑵基本は‘傾聴(active listening)’であること

 ‘いわゆるBGM’のように英語を‘ただ聞いているだけ(聞き流しているだけ・passive listening)’で‘英語音認識力や聴即解力’は‘(なかなか)身につかない’でしょう。少なくとも‘普通の高校生や学習の初期段階にある人にとっては効果的ではない’でしょう。‘英語に触れること自体’は本来は決してマイナスではありません。ただ‘到達に合わせた触れ方がある’のです。この学習法は‘必要最小限の音認識力が身についてから’始めるといいでしょう(‘その目安’については後ほど触れる予定です)。

 ‘耳(意識)を傾けて・研ぎ澄まして聴く’ことです。‘意識的・能動的に聴く’ことです。‘聴き取ろうという気持ちで聴く’ことです。いわゆる‘傾聴’です。確かに‘どんなに傾聴しても聴き取れないものは聴き取れない’でしょう。それでも‘無意識的・受動的に聞いて聞き取れない音’でも‘傾聴する’ことで‘聴き取れるところが出て来る可能性’はあります。‘その可能性を増やしていく’のです。‘傾聴しても聴き取れないところ’を‘何度も聴き音読しシャドウイングをする’ことで‘聴き取れる可能性に変えてゆく’のです。‘言語中枢(人体の言語を司る場所を指しています)’に‘聴き取った(認識した)英語音の記憶’を‘刻み込み増やし続ける’のです。

 ‘音読やシャドウイングを伴う傾聴訓練の目的’は‘listening(傾聴すること)をhearing(聞き取れかつ理解出来ること)に変えていくこと’です。‘listeningに取り組んでいる英文がhearing出来る’ようになったとき‘その英文を理解している確かなひとつの証’と言えるでしょう。逆説的ですが‘active listeningの最終到達地’は‘passive listeningをしながらhearing出来る状態’なのです。つまり‘傾聴せずとも聞き取れ理解出来る状態’です。‘無意識的聴即解力’でありある意味‘究極のリスニング力’でしょう。

 手の平を返すようですが‘常に傾聴する’というのも実際は難しいですよね。時と場合にもよります。日常のちょっとした時間(通学の際など)を利用して聞くときは‘英語を自然に耳に流す感じ’でいいでしょう。‘英語音に慣れるための訓練’になりますし音源のスクリプト(原文)を学習済みであれば‘声を出さないシャドウイング(いわゆる‘口パク’です)をする’こともやがては可能です。確かなことは‘普段から傾聴する訓練をしている人’は‘自然に耳に流す学習でも聞こえやすい’ということです。

 先に述べた‘必要最小限の英語音認識力の目安’ですが非常に難しい問題です。強いて言えば‘手持ちのひとつの教材(CDやDVDなど)が聴即解力に近いところまで徹底的にやり込んであること’でしょうか。その教材のレベルや定着の個人差にもよりますが‘一冊を(ほぼ)完全にやり切ってあれば何らかの成果は出る’でしょう。‘一冊を徹底的にやり切る’ことのないまま次の一冊に手を出してもBGM的に英語を聴いても‘(なかなか)上達は実感出来ない’でしょう。‘単語集を一冊仕上げ切ること’と極めて似たイメージです。


⑶ボキャブラリーと英文法の強化

 外国語学習は全て‘ボキャブラリーと文法の賜物’です。もう言うには及びませんね。以下省略です。


 今回はここまでとします。うまく伝えられずすみません。とにもかくにも気持ち新たに英語音を聴いてみましょう。学校の教材でも自分のものでも大丈夫です。‘単語と向き合い続けること’と‘英語音を聴き続けること’の‘ストレス・辛さ・苦しさ’は大変なものです。‘言葉への陣痛’と言えるかも知れません。

 Only in pain the gain. 実りは痛みの中にこそ在るものなれ。

 また次回です。ありがとうございました。


 

 

 

 

 

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