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2012年01月19日

リスニングについて

 こんにちは。大西先生です。今回は‘リスニングの学習’に関して書いていきます。

①基本的には‘音源のある音読学習’である

 前回のブログで音読について書きましたがその音読訓練に‘何度も何度も聴く’という練習が加わります。対訳を頼ることなく‘英語の音源のまま意味が認識できる(聴即解力)まで’繰り返し読み聴きします。音読と同様に‘意味が分からない単語’や‘文字の段階で理解できない英文’をただ聴き続けても意味認識にたどり着きません。‘音読学習での然るべきプロセス’を‘リスニングでも踏襲’しましょう。詳細は前回の内容を御覧下さい。

②‘シャドウイング’について

 ‘音読’とあわせて‘現在の日本の英語学習の代名詞’がこの‘シャドウイング’という言葉でしょう。‘シャドウイング’とは‘英語が聴こえてくるのと(ほぼ)同時にその音を追いかけて(影のイメージ)音読する練習法’です。‘ナチュラルな英語の発音やリズム・スピードに耳や口を慣らし聴即解力と音読即解力をほぼ同時進行で鍛える訓練’です。‘聴き取ることを目的とするリスニング学習’と‘表裏一体の音読トレーニング’であり‘いわゆる音読’と同じく‘否定派のほとんどいない学習法’でしょう。事実‘(絶対)必要かつ有効な学習’であることは間違いありません。

 だからこそ‘音読’と同様に‘シャドウイング絶対信仰’に気をつける必要があります。‘前回の音読編’で書いた通り‘シャドウイング’も‘それさえしていれば英語力の全てが向上する’というものではありません。毎度の話ですがそういう‘魔法の類の学習法’は存在しません。‘各学習には各目的がある’のです。‘シャドウイング学習の目的’は上段に記した通りです。

 改めて音読と同様に‘文字の段階でボキャブラリーと文法を介してその英文を理解していないままやり続けても目的は極めて果たされにくい’でしょう。‘英語の発音や英語音認識力’は上達しても‘聴即解力や音読即解力’は‘(なかなか)上達しない’でしょう。繰り返しますが‘両方とも’を‘鍛え上達させること’が‘シャドウイングの目的’です。これまた毎度の話ですが‘ボキャブラリーと文法なくして外国語学習なし’です。


③‘聴即解力’の段階(レベル)

 本来リスニングは‘完全受動かつ瞬間決着’の言語行為であり‘推測の域を超えない’ものです(リーディングも‘基本は推測’です)。その意味では‘何となく’や‘大体’ということになりますね。しかし‘外国語学習の訓練としてのリスニング’はやはり‘何となく’や‘大体’ではいけません。‘明確な目的意識を持って能動的に聴く’必要があります。‘そのように聴いた際の理解度の目安’として以下に‘リスニングの到達のレベル’を大別します(‘一定量の内容のある英文を聴く’という前提です)。

レベル1:最上級

 一語一句もらさず英語音を認識できる。(ほぼ)同時に無意識的なレベルで文法を介してその英語音を意味に転換できる。聴即解力の完成状態であり英語母語上級者と同等かそれに近いレベル。

レベル2:上級

 一文中に完璧には聴き取れないところもあるが文の意味そのものは(ほぼ)認識できる。英語でのコミュニケーションには支障がない。英語母語者と同等かそれに近いレベル。

レベル3:中級

 文によっては聴き取れず意味が認識できないものもあるが全体的な話の内容は分かる。何とかコミュニケーションが成立しリスニングテストにも対応出来る。

レベル4:初級

 音認識は出来る(ところもある)が語彙力と文法力が弱いため意味認識できる語(句)や文が少ない。認識情報が断片的であるため全体的な話の内容がつかめない。 

レベル5:入門

 音認識は出来る(ところもある)が意味認識が(ほとんど・全く)追いつかない。‘英語ということはわかる’が‘英語音としては認識出来ない(聴き取れない)’。

 
 ‘レベル1・2’に関しては‘遥かなる別次元(ある意味のネイティブレベル)’です。まずは‘レベル4(必要最低限度の音認識)への到達’です。‘リスニングの全て’は‘英語音認識’から始まります。英語(英単語の連なり)を音で認識しながら‘レベル3(必要最低限度の意味認識)’を目指して練習しましょう。‘読む聴く’だけでなく‘ボキャブラリーと文法’も当然必要です。‘レベル3の力’がある限り‘スクリプト(音源の英文が書かれたもの)がある英語音に対して’ならば‘限りなくネイティブに近づくことは可能’です。その‘徹底的反復訓練’の果てに‘非科学的化学言語センサー’が覚醒し‘スクリプトなき英語音’に対し反応を起こすのです。

④‘多聴’について

 ‘英語(音)に耳を慣らす’ためには‘英語を聴く時間を出来る限り増やす’しかありません(いわゆる‘多聴’ですね)。‘音読やシャドウイング’もありますが‘耳の訓練の基本’はやはり‘その音を聴くこと’です。‘英語が聴き取れる’ようになるためには時間を見つけ作り出し‘英語を聴く’しかありません。

 しかし‘闇雲に無目的に無感覚に’ただ聴き続けても‘英語音認識力や聴即解力’には‘(なかなか)たどり着かない’でしょう。‘外国語・第二言語は母国語・母語とは違う’のです。老若男女問わず普通に日本で生活していて‘ただ聴いているだけで自然に身につくほど英語を聴いていられる時間’は現実にはないでしょう。

 それでは私達英語学習者は‘リスニングという絶対の障壁’に‘どう立ち向かうべき’なのでしょう。‘明確な答え’は(恐らく誰にも)‘分かりません’。(恐らく誰も)‘知りません’。‘分かっていること・知っていること’は‘意味を持つ音’という‘言語の絶対性’は‘生半可なことでは身につかないということ’と‘それでも道は在るということ’です。

 たしかに‘道は在る’のです。‘分からない’なりにも‘知らない’なりにも‘道は在る’のです。‘英語を身に付けた方達が切り拓いた道’であり‘私達英語未開拓者が行く道’です。‘先人の賢智’に学び‘新しい地平線’に挑む。だから‘面白い’。だから‘胸躍る’。‘言語学習’は‘冒険と挑戦’です。‘自分の可能性’への。‘人間の素晴らしさ’への。‘言語学習’は‘人間賛歌’そのものです。

 
 ‘本当に長い’ですよね。‘読んでくれる方’には‘ただもう感謝’です。次回はリスニングに立ち向かう‘それでもたしかに在る多聴への道’を具体的に書こうと思います。またよければお付き合いください。ありがとうございました。


 

  

 

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